認知症のSOSを見逃さない!アルツハイマー型認知症の中核症状とBPSDへの理解を深める

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はじめに

前回は認知症の種類とその特徴について学びました。今回はもう少し踏み込んで、認知症の主要な症状である中核症状と行動・心理症状(BPSD)について詳しく見ていきましょう。

認知症の「中核症状」とは?

中核症状とは、脳の障害が直接の原因となって現れる認知症共通の症状です。これらの症状は、認知症の種類によって現れ方が異なりますが、今回はアルツハイマー型認知症に焦点を当てて、その中核症状について私の経験談も交えながら、分かりやすく説明していきます。

アルツハイマー型認知症の中核症状は、主に以下の七つに分けられます。

  • 記憶障害: 直前の出来事を忘れてしまう「近時記憶の障害」が特徴です。例えば、数分前に話した内容を何度も尋ねたり、「ここどこやろ?」と繰り返し質問したりすることがあります。
  • 見当識の障害: 時間、場所、人物の認識が困難になる障害です。デイサービスから帰宅しても「ここは私の家ではない」「あなた誰?」と家族を認識できなくなるケースもあります。
  • 思考力や決断力の障害: 思考の連続性が途切れ、物事を判断することが難しくなります。例えば、「トイレに行ってから手を洗ってください」という指示に対し、「トイレに行く」まではできても、「手を洗う」という次の行動が抜け落ちてしまうことがあります。
  • 実行機能障害: 物事の順序立てて計画・実行することが困難になる障害です。例えば、「7時30分に家を出て、自転車で駅に向かい、8時の電車に乗って〇〇駅で降り、〇〇デパートに行く」といった一連の計画を立てて実行するのが難しくなります。
  • 失行(しっこう): 身体的な麻痺がないにも関わらず、目的のある動作ができなくなる障害です。例えば、一人で服の着脱が困難になることがあります。「服を着てください」と伝えても、前後ろの確認や腕を通す場所の判断など、複雑な動作が難しくなるため、うまく着られない方が多くいらっしゃいます。
  • 失認(しつにん): 視力は問題ないのに、対象物を認識したり区別したりすることができなくなる障害です。例えば、ゴミ箱と便器の区別がつかなくなることがあります。私が関わったご利用者さんの中には、玄関をトイレと間違え、そこで排泄をしてしまう方もいらっしゃいました。
  • 失語(しつご): 日常的にあまり使わない物品の名前が思い出せなくなるなど、言葉が出てこなくなる障害です。例えば、鉛筆はすぐに言えても、使用頻度の少ないハサミの名前が出てこず、「あれ、あれ」となってしまうことがあります。

BPSD(行動・心理症状)とは?:氷山の一角を理解する

BPSDとは、中核症状が心理面に影響を与え、その結果として現れる行動症状と心理症状の総称です。聞き慣れない言葉が多く出てきましたが、ここを理解することが、ご利用者さんの負担を大きく減らすことにつながります。

BPSDで引き起こされる行動症状と心理症状には、以下のようなものがあります。

  • 行動症状: 徘徊、攻撃性、不穏、焦燥、不適切な行動、多動、性的脱抑制など。
  • 心理症状: 妄想、幻視、抑うつ、不眠、不安、誤認、無気力、情緒不安定など。

中核症状が心理面に与える影響

なぜこれらのBPSDが引き起こされるのでしょうか? 中核症状は、ご本人の心理面に様々な影響を与え、それがBPSDの引き金となることがあります。

  • 不安感: 体験全体の物忘れや、場所・人が分からなくなることによる不安感です。例えば、食事をしたという記憶が全くない場合、ご本人からすれば「まだ食べていない」と感じ、実際にはお腹がいっぱいでも、また食事をしようとしてしまいます。また、デイサービスに来ているという記憶がないため、「帰りたい」「なぜこの人たちは初対面なのに話しかけてくるの?」と不安を感じてしまうことがあります。
  • 不快感: 思い出せそうで思い出せないことへの不快感です。昨日食べた夕食が思い出せないなど、今までできていたことができなくなることで、イライラしてしまうことがあります。
  • 焦燥感: 思い通りに物事が進まないことによる焦燥感です。「家に帰りたいのに、ここの人は自宅にはまだ帰れないと言う」など、自分の思いが伝わらない時に感じる気持ちです。
  • 怒りの感情: 身に覚えのないことを指摘されたり、責められたりすることによる怒りの感情です。財布をなくした際に家族に責められても、ご本人は財布を持って買い物に行った記憶がないため、身に覚えのないことを責められていると感じ、怒りを覚えることがあります。
  • 被害感: 自分のものがなくなり、周囲が自分の言い訳を聞いてくれないことに対する被害的な気持ちです。財布がなくなった場合、ご本人は買い物に行った記憶がないため、「財布をなくしたのは自分ではない、家族が取った」と考えてしまいます。しかし、実際に持ち出したのはご本人であるため、誰も自分の話を聞いてくれず、被害感を感じてしまうことがあります。

このように、心理面に影響が及ぶことで、先ほど説明した様々な行動症状や心理症状が引き起こされるのです。

そして、ここで覚えておきたいのが、BPSDは「氷山の一角」であるという考え方です。私たちは、水面に現れているBPSDという行動や症状だけを見てしまいがちですが、実はその裏には、ご本人の感情、身体状況、過去の経験、周囲の環境など、水面下にある様々な要因が隠れています。ご本人がなぜそのような行動をとるのか、その背景にある「見えない部分」を想像することが、適切なケアにつながるのです。

BPSDはSOS!私たちにできること:ABC原則と環境調整

BPSDは、ご利用者さんの「SOS」です。中核症状に影響を与える要因はたくさんあり、それらをゼロにすることはできません。しかし、私たちができるのは、限りなくゼロに近づけることです。

そのためには、物理的環境人的環境を整えることが非常に重要になります。

物理的環境を整える

  • 混乱しにくい住環境にする: 座りやすい椅子や使いやすい机を配置したり、エアコンで適温を保ったりすることも大切です。
  • 馴染みの物を置く: ご本人が大切にされている時計や人形などを部屋に置くことも、安心感につながります。
  • 環境の変化を避ける: 特に夕方になると帰宅願望が現れやすいため、カーテンを早めに閉めて外の刺激を少なくすることも、環境の変化を避けることにつながります。私の関わったご利用者さんで、窓から見えた夕日を火事だと思い、消防に連絡した方がいました。カーテンを閉めるようにしてからは、そのようなことはなくなりました。
  • 場所が分かりやすい工夫: トイレの場所が分からない方が多いため、「トイレ」と表記するだけでなく、「かわや」「便所」など、ご本人が馴染みのある言葉に変換して貼ることで、迷う人が減ることもあります。

人的環境を整える

  • 安定した関係性の構築: 些細な環境の変化で焦りが生まれ、介護事故につながる方もいらっしゃいます。訪問介護の場合、信頼関係を築きやすいように少人数(例えば4名)で訪問することで、ご利用者さんが名前や顔を覚えやすくなり、安定した生活を送れるようになります。
  • 馴染みのある人間関係: 私が所属している小規模多機能型居宅介護では、最初に訪問から入り、そこからデイサービスへつなげていくなど、信頼関係を築くことに慎重に取り組んでいます。
  • 落ち着いた人的環境: ガチャガチャせず、落ち着いて部屋で過ごしてもらうことも大切です。物が多すぎたり、部屋がごちゃごちゃしていたりするだけでもストレスになることがあるため、シンプルな部屋を心がけましょう。

さらに、BPSDへの対応を考える上で役立つのが「ABC原則」です。これは、介護職だけでなく、ご家族にも非常に役立つ考え方です。

  • A(Antecedent:先行要因): BPSDが起こるに何があったか(例:「なぜかイライラしている」「急に帰りたいと言い出した」)。
  • B(Behavior:行動): 実際に起こった行動・心理症状(例:「大声を出した」「徘徊を始めた」)。
  • C(Consequence:結果): BPSDが起こった、周囲はどう対応したか、ご本人はどうなったか(例:「なだめたら落ち着いた」「余計に興奮させてしまった」)。

このABC分析を通じて、BPSDがなぜ起きるのか、どうすれば防げるのかを具体的に考える手がかりになります。

まとめ:早期発見・早期対応と相談の重要性

今回は認知症のケアにおいて最も大切な、中核症状BPSDについてお話ししました。中核症状は誰にでも起こりうるものであり、適切なケアを行うことでBPSDを防げることが多くあります。

認知症は、**早期に発見し、適切な医療やケアを受けることで、症状の進行を緩やかにしたり、BPSDを予防・軽減したりできる可能性が高まります。**ご本人やご家族が抱え込まず、早めに専門機関に相談することが非常に重要です。

私たちはこれらの症状を理解し、ご利用者さんに接しなければなりません。また、この知識はご家族を助けることにもつながります。ご家族は自分の身内となると、目の前のことしか見えなくなり、時にきつい言動や行動をしてしまうことがあります。私たち介護職は、それらを第三者の目線で冷静に判断し、助言をしていかなければなりません。

そのためには、正しい知識と冷静に判断できる心構えが必要です。BPSDはご利用者さんのSOSであるということをしっかりと認識し、これからも共に学んでいきましょう!

もし、ご自身やご家族のことでご不安な場合は、一人で抱え込まず、専門機関に相談することが大切です。お住まいの地域の地域包括支援センター認知症疾患医療センター、またはかかりつけ医にご相談ください。

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